2018年07月

2018年07月30日

・・最高の贈り物・・




”最高の贈り物”



パートナー、好きな人、子供たち、家族に、友人に、親に...

自分が愛する人や大切にしている人には”最高のもの”を贈りたい。

僕たちは心の中でいつもそう願っています。



誰かを好きになった時、

その人に、

最高に楽しい時間、最高の喜び、最高の幸せを、

味わってもらいたいと思います。



子供を持った時、

その子には、

最高の環境、最高の教育、最高に幸せな時間を、

与えたいと願います。



特に子供を持つと僕たちは、

自分が子供の頃に与えてもらえなかったものを、

なんとしてでも与えたい。

もしくは、自分が辛かった経験や環境は絶対に与えない。

そう強く思います。



でもあまりにも強く思い過ぎて、ふと気付くと、

自分と同じ様な境遇や環境を与えてしまっている。

その事に茫然としてしまう時もある。



その時は、自分を責めないで、

過去自分にその環境を与えてしまった親や大人たちのことを、

理解しようとしたり許したり”する時”が来たんだな。

と考えて見てください。



ほかにも、



大切に思う家族に対して、親に対して、友人に対して、



最高の楽しみを与えたい。

最高の幸せを与えたい。

最高の喜びでありたい。

最高を与える存在でありたい。



誰もが愛する人に対して、

自分がそんな存在でありたいと願っているのです。



だから、



時には、パートナーの言葉に深く傷ついたり、

未だに、誰かのことを助けられなかった自分を責めていたり、

親の期待に応えられなかった自分には価値がないと思っていたり、

そんな気持ちを持ち続けてしまう事もあるのです。



心が傷ついたり、無価値感や罪悪感などの気持ちを、

感じてしまうと言う事は、僕たちの心の中に、

『その人に喜んで欲しい』という愛があった証拠です。



少し前『そこに”愛”はあるんか?』というCMをよく目にしましたが、

僕たちの『そこ』、

『心』にはまちがいなく”愛”があったのです。


・・・だから痛みを感じるのです。






では僕たちは、

その愛している人に、大切に想う人に、

何を贈る事が出来るのだろう。

”最高の贈り物”とはどんなものなのだろう。



まずは、僕たちが贈られた時の事を思い出して見よう。

何を贈られて嬉しかったのか?

どんなものを与えられていたのか?



愛するパートナーが、

可愛い子供たちが、

大好きな人が、与えてくれていたものは、



お金? 成功? いい成績?? 優しさ? 笑顔?



もちろん色んなものを与えてもらっていたし、

贈ってもらって嬉しいものはたくさんありました。



でも、もう少し本当に大切なものに目を向けるため、

今度は、少し悲しかった出来事も思い出して見てください。



僕たちは人生で幾度も、愛する人を失う経験もしています。



別れ、喧嘩、死、離婚...



愛する人を失った時、

僕たちは本当にその人が与えてくれていたものを知りました。



それは...



誰よりも”仕事が出来る彼”だったのだろうか?

友人の彼よりも”かっこいい彼”だったのだろうか?

ほかのお父さんに比べて”よく笑うお父さん”だったのだろうか?

いつも”笑顔を見せてくれる子供”だったのだろうか?

”頭の良い子”だったから別れるのが辛かったの? etc.etc.



違う。



僕たちが与えられていたのは、

その人の”存在”だった。



仕事があまり出来なくても、

かっこ良くなくても、

ほとんど笑わなくても、

優しくなくても、出来が良くなくても、



僕たちが必要としていたのは、

喜びを与えてくれていたのは、

まぎれもなくその人の”存在”だった。



怒っていようが、泣いていようが、わがまま言っていても、

その人のあるがままの”存在”が、

僕たちの人生に与えられていた”最高の贈り物”だったのです。




その事を思い出せたなら、

今、僕たちが愛する人に”贈れるもの”が『何』なのかも見えてくるはず。



それはあなたという”存在”。

あるがままのあなたという”存在”が、

愛する人に贈る事の出来る”最高の贈り物”。



何も与えるものを持っていない。

何も自慢できるものを持っていない。

その人に喜んでもらえない。

楽しませる術もない。



今あなたはそう感じているかも知れない。

でも、それでいいです。



何もない。

必要とされていないかも知れない。

喜んでもらえないかも・・・



そう感じている”まま”で大丈夫。



ただ少しだけ”勇気”を持って見よう。

愛する人に近づく”勇気”を持って見よう。



『何もないかも知れないけれど、

わたし自身のすべてを与えよう』

それだけを思ってその人に近づいて見てください。



何を話すのか、何をするのか、

それはその時の自然な気持ちに任せて...



その人に近づいた時、

心の中のたくさんの誤解が溶けてしまうかも知れない。



この瞬間、この空間で、この世界で、

今その人と一緒に過ごせることに喜びを感じてください。



あなたの人生にとって、

愛するその人が”最高の贈り物”であるのと同じように、


あなたの愛する人にとっても、

あなたの存在が”最高の贈り物”なのです。








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2018年07月23日

ときどきポエム   〜 愛することを迷ったら 〜



汝(なんじ)健やかなるときも、病めるときも、

喜びのときも、悲しみのときも、

富めるときも、貧しいときも、

共に助け合い、愛することを誓いますか?



そう問われ神の前で誓ったものの、

ひとりの人を愛し続けることが、これほど難しいものかと感じる時がある。



共に誓い合ったあの時の気持ちにはもう『戻れないの?』

ただそのことだけを相手に静かに聞いて見たい。

そう思うこともある。



離婚問題

家庭内別居


喧嘩

別れ

不倫

浮気

別居 etc.



毎日毎日、寂しさや悲しみを繰り返すだけなら、

一人で生きる方がよっぽど楽だと思ってしまう日。


所詮...から始まるいろんな言葉を自分に言い続けていないと、

明日の朝起きられないと感じてしまう日々。



でも、

少し気を抜くと、



愛があった頃、

共に相手のことを見ていた時、

お互いを尊重し合っていた頃、

手を繋いで歩いた陽射し、

楽しかった時間を...心は追いかけてしまう。



こころの中にはいつも二人の自分が居て、



愛し続ける事と愛さない事。

待ち続ける事と待たない事。

そばに居続ける愛と手放す愛...

の事を話し合っている。






でもね、

やっぱり僕は...


一生懸命、誰かを『愛すること』

その『行い』は自分を裏切らないのだと思っている。



相手に伝わるとか、

相手が変わるとか、



そう言うことではなくて。



誰かを愛そうとすること。

そのことがいつか僕たちを幸せへと導いてくれる。



そう信じている。



何度も何度も考え、考え抜いたこと。

幾度も幾度も、眠れない夜を悩み明かしたこと。

誰も居ない夜に、一人声を出して泣いたこと。

寂しさも切なさも一人でかみしめていたこと。

死にたくなっても死ななかったこと。



そのすべてが愛だから。

そのすべてが誰かを必死で愛そうとしたと言うことだから。



その愛は決して裏切らない。

僕はそう信じている。



そしてその愛は,

必ず、何倍もの幸せへと連れて行ってくれる。



かならずね。



だから愛することを、あきらめないで。






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2018年07月16日

・・自分が創る出会い・・





今人生をふと振り返った時、

あの時の偶然の”出会い”が今の自分や幸せに導いてくれている。

そんな風に思える事ってないですか?



今の人生にあるもの...

仕事、パートナー、家庭、幸せ、成功、生きがい、家、車、etc.

中にはまだ満足出来ていないと言うものもあるかも知れないけれど、

でも”今手に出来ているもの”に目を向けた時、



そのひとつひとつ、

自分の人生にやって来てくれた時の成り行きを思い出して見ると、

そこには必ず誰か人との”出会い”があった様に僕は思う。



もちろんその出会いとは、人だけではなく音楽や芸術やスポーツ、

また人生で起こる出来事の場合もあるかも知れない。

でも僕たちの人生はいつも”出会い”によって導かれている。



では、この出会いっていったい誰が起こしているのだろう?



それは、やっぱり神様かも知れない。

宇宙かも知れないし、ご先祖様なのかも知れない、

もしくはこの世界に来る前に決めた計画書なのかも知れない。



そのはっきりした答えは今の僕にはわからないけれど、

その全てがまんざら間違っている様にも僕には思えない。



ただ”自分”もその出会いを自ら創造している一人なのだと思う。



・映画が好きで好きで仕方ないから、

偶然立ち寄った居酒屋でその業界の人に出会う。


・いつか誰かと幸せになりたいと心の深くで願っていたから、

偶然見つけたバイト先でその人と出会っている。


・今の仕事で出会った妙に気の合う後輩は、

将来、起業する時のあなたのパートナーなのかも知れない。



今、世に出ているいろんな本には、

”この世界に起こる出来事に偶然はなくすべてが必然である”

そんな風に書かれている。



今その出会いの意味に気付いているかどうかは分からないけれど、

その出会いにはきっと何か意味がある。

そして出会いは神様だけではなく、あなた自身も必ず関与しているはず。




* *




僕が好きな本に、

地球以外のある星の文明世界を紹介している一説がある。



その星に住んでいるすべての人は繋がっていて、


誰かが音楽を演奏したいと思った瞬間に、

一緒に奏でたいと思う人が目の前に現れて、


誰かに聴いて欲しいと思えば、

その音楽を聴きたいと思う人がもう集まっている。


完全に繋がり調和のとれた世界...



そしてその星の住人の一人は僕たちにこう語りかける。


『あなたたち地球上の人も本当はそんな存在なのです。

まだほとんどの人がその事に気づいていないだけ』



と。



確かに今僕たちは、自分の意思や気持ちを誰かに伝えるのに、

電話やメールなどの方法を使って伝えている。

でもその媒体は近年おどろくほど進化し、

今や瞬時に世界中の人に配信する事が出来る様になっている。



ある意味、彼の言う世界に近づきつつある様に僕は見える。

ただまだ僕たちは自分の意思を伝えるのに、何らかの”媒体”が

”必要”だと思っているから”今の世界”なのかも知れない。



でも・・・



もし、彼の言う様に、僕たちが気づいていないだけで、

意識がつながっているとしたら、さっきから話している

必然の”出会い”もそんなに不思議なことではなくなってくる。



自分が出会いたい人と繋がっている。

そして自分がその”出会い”を創造している。

もし本当にそうだとしたら、

自分にそんな力があるとしたらすごくわくわくする。



でも僕には少し気になる事もある。

その本の別の頁にはこんな事も書かれているからだ。


・あなたが自分のことをその幸せに値しないと感じているなら、

その事を見せてくれる人を引き寄せるでしょう。


・あなたが成功の価値がないと信じているなら

成功するのが難しい事を見せてくれる人と出会うでしょう。



心のどこかで自分が愛されるに値しないと感じていたら、

その事を経験し見せてくれる人と出会う。

自分が成功に値しないと思っていたら、

そう感じさせてくれる人と出会う。と言う意味だ。



それは嫌だ。



でも、その出会いが自分の深層心理に存在する思い込みに、

気付かせてくれて、その思い込みを手放せた。

となったら、幸せに導いてくれる出会いになるわけだけど...



僕たちには望む出会いを創造する力がある。

でもそれは僕たちの心の中にあるものも同時に反映する。



どうしたらいいのだろう。



心の中に埋もれた痛みや思い込みを見つけて、

変化させていくにはカウンセリングやセラピ−も有効だ。


”自分は幸せや成功に値する”と信じさせる努力も大切だ。



そして僕はもうひとつ、

本当に願う”出会い”を創造するために必要なもの、

それは”情熱”だと考えている。



私が描く絵で誰かに愛を伝えたい。

私が創る音楽で人を癒したい。

私が歌う歌で人の心に希望を与えたい。


どうしても私は人に喜びを与えたい。

どうしても私は人を楽しませたい。

どうしてもその人を救いたい。


わたしは必ず成功する。

わたしは必ず幸せになる。


わたしの唄は必ずその人の心に愛を届ける。

わたしの言葉は必ず誰かの心の光となる。


そしてわたしは、その人が、音楽が、踊ることが、

描くことが、語ることが、表現することが大好きなんだ。


心の中に眠るその熱い思いにあなたが繋がった時、

その思いは強い電波となってこの星の上を駆け巡る。

そしてあなたが必要とするその人と、

あなたを必要とするその人が繋がり”出会い”を創り出す。



そう今日これから出会う人が”その人”かも知れない。




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2018年07月09日

「 観念を手放す 」




一人の人間の心の中には数えきれないほどの『観念』が存在します。




『観念』には誰かから伝わり受け継いだものがあります。

それは国やまたその文化圏で共通した『考え方』の場合もあれば、

家族などの小規模な集団で持っている『物の見方』もあるでしょう。



『観念』が存在する目的とは?



〇『石は固い』や『海は深い』『空は青い』など、

私たちがある程度同じ事を想像したり、伝えたり、

経験するための”利便性”のために存在する事もあるし、



〇『上手い話には気を付けろ』や『人を簡単に信用するな』など、

過去に傷ついた経験や失敗から、後(あと)の者を”守ったり”、

”より良く”生きられるために伝えられた『教え』の時もあります。



私たちが受け継いだ『観念』はもともと否定的なものではなく、

経験を共有したり、体験を伝えたりまた誰かを守ったりするものでした。



もっと大きく宇宙的な規模で考えた時、

『観念』がないと私たちは『何も経験しない』と言う事になる。

見たいなのですが・・・

ちょっと難しくて僕も説明出来る自信がないのでここは割愛します(笑)



でも、



要するに私たちの経験には切っても切れない『もの』で

またそもそも観念自体は『否定的なものではない』と言う事です。



ただ、



それは常に『絶対なもの』なのか?

『真理』を言っているものなのか?

をいつも考えて見る必要があると言う話です。



石の中には『脆い石』も存在するし『やわらかい石』もあります。

海には『浅い』場所もあるし、

空も『青』だけとは決まってはいないです。



どんな観念を持っていたとしても、

それがすべてではないと言う事に”気が付いている”かが大切なのです。



少し前置きが長くなってしまいましたが、

『観念』についてはほかにも文章を掲載していますので、

ご参考になればご覧なってください。



「観念」〜こころの自由を取り戻す〜

http://naoto.livedoor.biz/archives/51580180.html



* *




誰の心の中にもたくさんある『観念』ですが、

その『言葉』だけを信じ込んでしまっている時、

私の『思い込み』になってしまいます。



・苦労しないと幸せにはなれない。

・結婚生活とは我慢。

・夫婦は騙し合い。

・仕事は妥協。

・所詮、人は自分の事しか考えていない。

・男は浮気するもの。 etc.



『嘘』ではないのかも知れませんが、それが『すべて』ではないです。 

海には深い所も浅い所も存在します。



ただ気を付けないといけない事は、

私たちは常にこの『観念』を通して、

自分の周りの世界を観ていると言う事なのです。


常に、常に、常に、常に”そう”なのです。




そして私たちが持っている観念の中には、

誰かから受け継いだものだけではなく、

自分自身で作り出し、強化し続けて来た『思い込み』も存在します。



・私は頑張っていないと愛されない。

・私は必要とされていない。

・きっと最後には、私は選ばれないだろう。

・私に本当はそんな価値はない。

・皆、私から離れていく。 etc.



いつなのか、私の人生のある場面で、

そんな風に「理解」しようとしたり「判断」したのでしょう。



その目的は、

その後の私が”これほど”傷つかないでいいように。

もう”こんなにひどく”悲しまないでいいように。

今度は誰かに見捨てられないように。

だったのかも知れません。



そしてその言葉は何度も心の中でつぶやかれ、繰り返され、

あたかも私の真実の様に今も信じられているのです。




* *




〇仕事もパートナーとの関係も、

今”同じような”問題で引っかかっているなあと感じたら。


〇私はいつも”同じような”状況で、

あと一歩成功できなかったり、幸せになれなかったりすると思ったら。


〇今、私の人生に起こっている事が気に入らないなら。




一度自分自身にこんな質問して見てください。




「今この状況を私の『観念』が創り出しているのだとしたら、


いったいそれはどんな『観念』なのだろう?」と。




『私は成功しない』なのだろうか?

『私は愛されない』なのだろうか?




静かにその答えが浮かんでくるのを待って見てください。


私が今もずっと信じている『思い込み』とはどんなことなのだろう?




心の中にあった『観念』が浮かんできたら、

今までずっとその『言葉』を私が信じて来た事。

その『言葉』を私は自分にずっと言い続けて来た事。



その事に気が付いて欲しいのです。

そう、ただ気付くだけでいいです。



そして今「でもそれは真実ではない」と、

ちゃんと自分に向かって言ってあげてください。





思い出してください。



『海は深い』...でも、

太陽の光できらきら輝く”遠浅”の海が

見えなくなるほど遠くまで続く場所があることを。



『空は青い』...でも、

燃えるように”赤く”染まる空を目にすることが、

この世界でそんなに難しいことではないことを。



あなたはそのすべてを含んでいます。



今からあなたが信じたい『言葉』を選び直しましょう。

今日からはその『言葉』をずっと私に言い続けてあげるのです。


それだけであなたの世界は変わって行くのです。






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2018年07月03日

こころの救急箱 「 心が疲れた時 」



心の中が心配や怖れでいっぱいになったり、

心が疲れてしまったり、傷ついたり・・・


そんな時、


誰か、神様や女神様の様な人が現れて、

自分のことを優しく抱きしめてくれたらなあ。


そんな風に思ったり考えたりした事はないですか?


僕はしょっちゅう思います。


心の中にある喪失感を埋めてくれて、

心を占領する心配や怖れを取り除いてくれて、

疲れた心を癒してくれたら、

僕はすぐに元気になれるのにって・・・



* *



僕たちの心って、

どれだけ歳を重ねても、癒されても、

怒りを感じる事もあるし、心配や怖れも感じるし、

また傷つく事もあると思う。



それは掃除をして家の中を綺麗にしても、

次の日にはまた少し埃が積もっているのと似ている気がする。



生活をしていれば、あらたに埃が立つのと同じで、

生きている限り、心はいろんな感情を感じるし、

またその感情が心に積もってしまったりもする。





大人になるという事は、

ネガティブな感情を感じる事が”無くなること”ではなく、

その感情に向き合えたり、その感情に対処する方法を、

色々身につけている事だと思う。



子供の頃、

恐くなったらお母さんにしがみついたし、

悲しい時は抱きしめてもらっていたかも知れない。

お母さんやお父さんに、

手を繋いでもらっているだけでも安心出来たでしょう。



僕たちの心にとって誰かと”つながる”ことが、

心の安らぎを取り戻すためにとても重要なのです。



だから大人になっても、

心が日常経験しない様な大きな感情にさらされたりした時、

無意識に抱きしめ合ったりします。



でも普段の生活で「ちょっと辛いから抱きしめて」って、

大人になるとなかなか言い難いですよね。

本当はパートナーに”抱きしめて”と言える関係って、

とても素敵だと思うのですが。





大人になった僕たちは抱きしめてもらう以外に、

人と”つながり”を感じられる方法を色々知っています。



●話を聴いてもらう

パートナーや友人との会話、カウンセリングもそのひとつです。


●触れてもらう

エステやマッサージなども心も落ち着くし癒されます。

パートナーとのSEXもつながりを感じられます。


●ほかにも一緒に映画を観たり、音楽を聴いたり、

スポーツを応援したりなどでも”つながり”を感じる事が出来ます。



こんな方法を僕たちは無意識に行っている事が多い様に思いますが、

もっと”つながる”ことを意識して行ってもいいと思います。

またパートナーにも”今つながりが欲しい”と伝えてもいいと思う。





そして心が癒しを求めているその時、

”与えること”を意識する事も大きな効果があります。



『与えたものが 受け取るもの』



色んな本に書かれている言葉ですが、文字通り、


●自分が誰かにした事が、まわりまわって自分に返って来る。

という解釈も出来るでしょうし、また、


●自分の人生に起こった出来事に、

”良い意味”を与えれば良い結果を受け取るし、

”悪い意味”を与えれば悪い結果を受け取る。

という”宇宙のしくみ”を言っているものだと言う解釈もあるでしょう。


そしてもうひとつは、


●自分が与えようとしたもので自分が満たされる。

と言う意味です。



僕たちが誰かに抱きしめてもらった時、

心はその抱きしめてくれた人の『愛』を感じます。

そしてその愛が僕たち心の怖れを癒し、疲れを癒し、傷を癒してくれるのです。



僕たちの心を癒してくれているのはやっぱり愛なのです。



自分が与えようとしたもので自分が満たされる。とは、

今度は、誰かの愛を待つのではなくて、

自分から誰かを愛そうとすると言う事です。



今、誰かの元に行って抱きしめないといけない。

と言う事ではないです。

誰か受け入れられない人を全面的に許しましょう。

と言う事でもない。



今、思いつく人をあなたから愛してあげて欲しいのです。

応援でも祝福でも祈りでも、電話でもメールでも手紙でも、

今出来る事でいいのであなたの愛を送ってあげてください。

見返りを求めないであなたの100パーセントの愛で

その人を包み込んであげてください。



あなたが誰かを真剣に愛そうとしたとき、

今度は、あなたの外ではなく、

あなたの内から愛があふれてくるのを感じるでしょう。



そしてその愛があなたを満たし、

あなたの心の中の怖れも心配も疲れをも癒してくれるでしょう。


あなたの心の中にある愛は、

あなたの感じているどの痛みよりも本当は大きいのです。







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